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反逆のみけマンマ。

Sizaku

久しぶりに描きました。学校に行くようになってからは、ほとんど描く時間も無く。
アニメみる時間も無く。
アニメなんて見てるところを家人に見つかったらどんだけ説教部屋か(; ・`д・´)
空手だけでも肩身狭いですからね。

ペンや描いた漫画もこっそり隠しておくんですが、時間が経つと行方不明になっちゃったり娘の落書き帳になっちゃったりして。

で、コードギアスですよ。

このアニメには、みけマンマ、とっても思い入れがあります。

ちょうどハンガリーでの世界大会に日本代表として代表権を獲得した時に見ていたんですね。

アニメの世界では日本は完全に敗戦国どころか占領されて「日本」という名前さえ失ったブリタニア帝国の一領地「イレブン(11番)」と称される土地になっています。

このアニメを見ながら、いつも自分の境遇と重ね合わせていました。
空手業界からしたら、この年齢で、この技量。自分の存在が認められていないことなんて、百も承知のでした。

まるで、自分はイレブンだ。

存在すら認められていない、番号で呼ばれる存在だ。

でも


いつか絶対認めさせてやる

いつか絶対、自分の存在を日本人にも、外国人にも認めさせてやる。


トーナメントがネット上で発表されると、みけマンマは一回戦がカザフ、二回戦がどうやっても

ロシア。

それに勝ったとしても、次は新極新のエディット。

なんてこったー。

一緒に行く軽量級の植村さんと

「絶対、生きて帰って来ましょう。無事に日本に帰って来られるようにしましょう」

と言っていました。
試合というのは、勝った時より負けた時の方がダメージは大きいものです。逆に言えば、ダメージが大きいから負けるわけで。

相当悲壮感漂ってたんでしょうね。
子供も

「ママが死んじゃう!ハンガリーに行って死んじゃう(泣)」

と泣いたりしてましたよ。

そんなこんなの世界大会。

当時はイレブンのまま、日本に帰って来ましたww

 
今は、少しは認めてもらえましたかねぇ…。

イレブンが11番ぐらいにはなったかもしれません。

当時はどんだけ優勝しても「へたくそな愛知のオバサン」てゆーふーにしか認識してもらえませんでしたから。
選手として認めてもらうには、なかなか厳しい状況でしたよ…。

大事な事は、強さとは何かという根本的な命題にブレずに向き合えるかどうかって事でしょうかね。

逆に風当たりが厳しい分だけ、この命題に向き合うしかなかったのが良かったのかもしれません。

当時のブログには、「人生を変える旅に行ってまいります」と行ってハンガリーに行った覚えが。当時は何も考えずに言っていましたが、今から思えば、本当にあの大会は自分の人生を変える旅でした…。

そんなわけで、ビバ・コードギアス。

立ち上がる勇気をくれたアニメに万歳ww

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